昨今、自治体においてはオープンデータの取り組みが当たり前になってきています。
しかし、そのオープンデータの内容は、ほとんどが集計表を公表したものであり、実際のところ集計してしまった数値の表では十分な分析を行うことは難しいです。
集計表は経年変化や他との比較といったことは可能ですが、要因の分析を直接行うことはできません。
要因分析のためには、生データが必要になってきます。しかしだからといって生データをオープンデータとして公開するのは、いささか如何なものかとなるようなケースもあります。
従って、生データを直接取り扱うことができる立場の職員には、統計分析に長じる必然性が自ずと生じていると言えます。
図書館のアンケートにおいても生データのオープンデータ化は難しそうですが、クロス集計があれば、もうすこし分析を深めることができます。
まちづくりアンケート
今回は、少し古いデータですがクロス集計の例として令和3年12月発行の『令和3年度 袖ケ浦市まちづくりアンケート 報告書』を取り上げてみたいと思います。
袖ヶ浦市は、平成 26 年度(袖ケ浦市政に関する市民意識調査)、平成 29 年度(袖ケ浦市まちづくりアンケート)にも同様のアンケート調査を行っており、計画的な行政運営を推進する『袖ケ浦市総合計画』の基礎的な資料としています。
袖ケ浦市の概要
袖ケ浦市は東京湾に面し千葉県の中西部に位置します。
沿岸部は石油化学コンビナートなどの京葉工業地帯の一角を担い、内陸部では田園風景が広がり東部には山林があるなど自然との調和がとれた市と言えます。
財政力指数は1.09(令和4年)であり、千葉県ではディズニーランドがある浦安市1.43、国際空港のある成田市1.29についで3番目に財政的余裕がある市となっています。概して京葉工業地帯一帯の自治体の財政力指数は高く、市原市1.05、君津市1.02となっています。
人口は、令和6年7月1日時点で66,119人であり、東京湾アクアラインの千葉県側接続地点(木更津市0.85)が近いことから、近年ではベッドタウンとして東京都や神奈川県からの移住者も増えているようです。
『令和2年6月袖ケ浦市総合計画』P5より転載
まちづくりにおける満足度
市では、まちづくりにおける 6 分類・ 4 7 項目について 「 現在の満足度 」を聞いています。
これに対する回答者属性とのクロス集計(属性別クロス集計表)が作成されています。47項目は5段階で評価され、平均値が記載されています。
施策別満足度
ここで属性別クロス集計表の行と列を入れ替えて「施策別のクロス集計表」として作成すると、施策ごとの満足度の様子が見えてきます。
この施策別の平均満足度分布を箱ひげ図でみると以下のようになりました。※1
満足度が高いのは、健康づくり、高速バス、上水道および消防・救急、ごみ処理、下水道、住宅、農業などです。
一方、満足度が低いのは、路線バス、商業、観光、雇用・就業、ICT化および交通安全、道路、シティプロモーション、行政運営、火葬場などです。
満足度が低い施策について、中でも特に低い項目を含む以下の6つの施策について見てみます。
地域的には、平岡地区、富岡地区、根形地区の満足度が低く、通勤・通学先が神奈川県である住民や神奈川県からの移住者の満足度が低い点が目立っています。
また、40、50歳代の雇用や商業に対する満足度が低い様子もうかがえます。
特に重要な施策
アンケートでは「特に重要な施策」についても聞いています。
下表は、重要と思う項目の「全体」でのトップ10と各地域・居住年数・移住元の各属性におけるトップ10の一覧です。この一覧には現在の居住地域や移住元によって住民の要望が異なる様子が現れています。
黄色は全体での順位から2ランク以上重要度が上がっている項目です。またオレンジ色は、全体のトップ10の中にはない下位ランクから10位以内にランクインしてきた項目です。
平岡地区や神奈川県から移住してきた住民からは、路線バスの要望があります。
富岡地区では消防・救急の要望が強く、対応体制が十分ではないことが不安となっている様子が伺えます。
移住して5年未満の住民からは幼児教育の充実を望む声が大きいようです。3年未満では子ども安全確保のために、特に公園、道路などの整備を含めた環境保全に対する要望が上位に現れています。また、雇用・就業に関する施策に期待する様子もみられます。
市内東部の平岡地区や南部の富岡地区での交通の便をはじめ、施策に対する様々な要望は地理的な状況によるものが多くありそうです。
自由意見:対応分析(年齢)※2
10・20歳代では交通機関の本数、通勤、学校や本屋といったワードがあり、教育・仕事に関する意見が多くあります。
30・40歳代では子育てに関連するワードが多く出ています。公園や出産に関する要望があります。
50・60歳代では職員、行政に対する関心が目立ち、高齢者では医療、福祉のほかに、防災・災害などに関心が高いことが伺えます。
市には産婦人科、本屋が無く、誘致を希望する意見が少なからず見られます。
自由意見:対応分析(地区)
中心付近に「道路」があり、多くの人が道路事情に関心がある点が特徴的です。
昭和地区では、子ども、小学校、本屋、医療、産婦人科といったワードが目立ち、子育て世代の意見が目立ちます。
長浦地区や根形地区では、バス・路線、ごみ、駅前に関する要望が強いようです。
平岡地区では、市役所・職員に対する関心が高い様子が見て取れます。
中川地区と富岡地区は市の中心街からは離れた地域であり、買い物など不便となっているようです。
火葬場が市の課題として挙がっていたようですが、木更津市、君津市、富津市、袖ケ浦市の四市共同利用の火葬場が木更津市に設置され、令和4年12月から運用開始となっています。
自由意見:共起ネットワーク
主な関心を分類すると次のようです。
- 雑草の多い歩道の整備、道路・公園の整備
- 路線バスの本数増加
- 商業施設の充実、木更津市や市原市へ買い物に行く現状
- 自然環境の保全、災害対策
- 病院及び産婦人科の誘致
- ゴミ袋の値上げ
- 高齢者の移動手段について
- 安心、安全に暮らせる街
- 子育て支援
- 長浦駅周辺開発
人口動態
まちづくりに大きな影響がある人口動態について見ていきましょう。
市の毎月の人口推移一覧によれば下図のように人口は増加を続けており、特に平成29年あたりからは増加が加速しています。
袖ケ浦市にとって1997(平成9)年12月の東京湾アクアラインの開通の影響は大きく、2009(平成21)年および特に2017(平成29)年の通行料金の大幅値下げによって東京、神奈川へのアクセスがしやすくなったことが、袖ケ浦市への移住を魅力的なものにしたようです。
『人口推移一覧 令和6年7月更新』をもとに作成
人口増加の様子は、市が毎月公表している人口異動状況からも知ることができます。
それによれば社会増減数、自然増減数は下図のようになります。
2020年から社会増加数は減少に転じていましたが、これはコロナ禍の影響と思われ、2023年では回復傾向が見て取れます。
一方、自然増減数の方は減少幅が次第に大きくなってきていますが、差し引いた総人口は既に述べたように増加を続けています。
『毎月の人口異動状況 令和6年7月更新』を元に作成
ここで経済産業省・内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局が提供している地域経済分析システム(RESAS)の分析結果を見ると、袖ケ浦市の社会増減は2005年から2015年にかけて20~40歳代(乳幼児含む)の世代を中心に転入が増加してきたことがわかります。
同じく、地域経済分析システム(RESAS)によれば、袖ケ浦市の転入数・転出数、流入者数・流出者数は以下のとおりとなっており、千葉県内の近隣の市からの転入者が多い様子がわかります。
地域別の人口分布
市民の居住分布は、市の大字別世帯数及び人口表をもとに示すことができます。
人口は、JR内房線の袖ケ浦駅(昭和地区)、長浦駅(長浦地区)周辺の地域に集中しています。
JR久留里線の横田駅、東横田駅周辺にも一程度の人口の集まりが見えますが大規模という訳ではありません。
内陸中央部の田園地帯(根形地区)や市の東部(平岡地区)や南部(中川地区、富岡地区)の山林地帯では人口はさらに少なくなっています。
『大字別世帯数及び人口表 令和6年7月1日現在』を元に「Excel 3D マップ」で作成。市境界線は別途描画
市の「地区別年齢別の人口 令和6年7月更新」から、地区別、年齢別の様子をみると次のようになります。
若年層のほとんどは袖ケ浦駅、長浦駅周辺に居住しており、移住者や子育て世代は多くはこれらの地域に住んでいると思われます。
長浦地区は昭和地区と比較すると高齢者の割合が多いようです。
「雇用・就業」「商業」について
袖ケ浦市の「雇用・就業」「商業」は、東京湾アクアラインの開通に大きな影響を受けています。
開通当初は高い通行料金のために、期待したほど思ったような経済効果は見られなかったようですが、2009年の東京湾アクアラインの通行料金大幅値下げあたりから、東京・神奈川への買い物がしやすくなって、逆に地元の大型店が撤退することになるなど経済圏への影響が大きく出てきたようです。
このあたりの状況はRESASの分析から確認することができます。
通行料の値下げはかえって地域の経済に打撃を与える結果となったようです。しかし、その後近年では大型店舗の進出があるなどやや持ち直してきている様子もみることができます。
ただし、次の二つのグラフでは以下の【注記】に留意が必要です。
【出典】 経済産業省「商業統計調査」 総務省・経済産業省「経済センサス-活動調査」
【注記】 2007年以降は、日本標準産業分類の大幅改定の影響や、「商業統計調査」と「経済センサス-活動調査」の集計対象範囲の違い等から、単純に調査年間(表示年)の比較が行えない。
まちづくり
袖ケ浦市の今後の人口については、現在がピークでこれからは減少していくとするいくつかの予測が出ていますが、既に述べたように今も人口増加は続いており、しばらくは減少に転じる様子がありません。
そうなると、新しい住民を受け入れるための施策が中心となり急務の課題となってくるでしょう。
移住者に限らず子育て世代からは、子育て支援、産婦人科の誘致、公園や道路の整備、商業施設の充実化などがより求められてきます。
袖ケ浦駅南口
長浦駅南口
工業地帯
しかしながら人口増加がいつまでも続くわけではありません。そのことを見越した施策も必要です。
採算が取れなくなると撤退を余儀なくされる大型店に頼ることなく、予め地元住民が経営する商店街の形成に注力しておくことは重要でしょう。
市内に書店を求める声も出ていましたが、飲食店、衣料店、雑貨店など市民のニーズを十分把握したうえで、必要な経営者を募集して支援する取り組みが考えられます。
田園地帯
東京ドイツ村
一方、田園地帯や山間地域の住民からは、消防・救急、学校教育、路線バス、雇用・就業、環境保全、道路、上水道などが重要な施策として上がっています。
地域の自然環境の保全や災害対策に関心が高く、教育や雇用など中心市街地の住民とは異なる対策が求められています。
多くの自治体では、辺地に対する予算取りは多くないのが実情のように感じます。それは住民一人当たりのコストを考えると、特定地域の少数住民に対する支出が、市民全体を考えたときに不公平になるという背景があるのでしょう。
しかし、そのような考え方を続けていると市内の地域格差が広がってしまいます。格差を縮めるのもまちづくりの重要な課題です。
富岡地区
地図を見ると地域によってはバス路線がないところも見うけられ、また、特に小・中学校の偏在が気になります。立地的にはスクールバスを運行したほうが良い中学校もあるように感じます。
袖ケ浦市は、まだまだ人口が増加して発展する可能性が大きい市と言えます。そしてその発展には市全域のバランスの取れたまちづくりが求められているようです。
※1 箱ひげ図の作成などにExcelを使用
※2 自由意見の分析にKH Coderを使用