図書館では、業務統計として入館者数、貸出利用者数、貸出点数、予約数、リファレンス数、リクエスト数、登録者数などその他多くの集計を行っています。
これらの集計データからさらに蔵書回転率、蔵書の新鮮度、人口一人当たりの蔵書数、貸出数や人口一人当たりの図書費に至るまで、地域に対する図書館サービスの実態や経済性の分析を行っています。
また、自分たちの図書館の運営状況を把握するだけでなく、他の自治体との比較も行って、より適切な図書館サービスの維持・向上に努めています。
そして、一般に図書館現場での分析は業務統計のデータを基にして行うものとされており、これらのデータを普段から収集しておけば、分析するのに充分とされてきました。
ニーズの把握
業務の実績データからはどの分野の本が借りられているか分かるので、地域で求められているニーズを推し量ることができます。
では、読みたい本はあるけれどもその図書館に所蔵が無い場合はどうなるでしょうか。
その本は、たまたまほかの誰かが借りているかも知れませんし、地域の他の図書館が所蔵しているかも知れません。こういう場合は、図書館では次の方法で入手することが可能です。
・予約して順番を待つ。
・その館が属する自治体の他の館から取り寄せてもらう。
・他館にもなければ他自治体図書館との相互貸借を利用する。
・相互利用を協定している他の自治体の図書館へ借りにいく。
・あるいは、リクエストをして購入してもらう。
その図書館に所蔵がなければ、利用者はいくつかの方法で希望の本を取り寄せることができます。
しかし、すべての利用者が予約、相互貸借、リクエストを行うかというとそうではないようです。図書館に無いならないで諦めている人も多いのです。
つまり、貸出データの中には、どうしても目的の本を入手したいと手を尽くす人と、欲しい要望はあるが諦めている人との両方がいるということです。
そして、貸出情報には手を尽くす利用者の人たちの嗜好が反映されているという事実です。諦めた人たちがどういう要望を持っていたかは表には現れてこないのです。
従って、業務の実績データでは、必ずしも地域住民のニーズを正確に反映しているとは言えないのです。そこで、地域住民に対してニーズを探るアンケートが重要になってきます。
アンケートは意味がない?
ところが、本の要望を聞くアンケートは意味がないという声があります。
それは要望を聞いても文学を挙げる人が多いのは分かっているし、やはり貸出実績から分かるはずだからアンケートをとる必要がない、というものです。
確かに、文学を希望する利用者は多いですが、地域の人たちの多様なニーズは少数であってもまずは把握することが重要です。少数の声は地域の隠れた根本的な課題の発見につながることもあります。
また、満足度という点では、希望者が多いからといって、その人たちが満足しているかどうかは別問題です。その状況を知るためにもアンケートをとることには意味があります。
先に図書館の統計8,9で見たように、重回帰分析を行ってみた例では、今後力を入れて欲しい分野と満足度との関係は次のようでした。
このケースでは、文学を要望する人は多いけれども、係数を見ると満足度に関しては良くも悪くもなく、仮にこの図書館が文学の分野に力を入れている結果だとしたら、問題がある状況と言えます。
要望は聞くべきではないという意見
アンケートでは要望を聞くべきではないという意見もあります。
図書館が自主性もなく住民の要求に流されることがあってはならない、という事を主張しているのだと思います。
それはそのとおりなのですが、予算的、場所的、時期的、内容的にも要望をそのまま受け入れることができる訳でもなく、逆に図書館が独善的な主義のみで運営するものでもありません。
地域住民のニーズを把握することは、図書館の運営判断上において非常に重要なことなのです。
図書館法第3条図書館奉仕では、「土地の事情及び一般公衆の希望に沿い」「郷土資料、地方行政資料・・・の収集にも十分留意して」、一般公衆の利用に供すること、とあります。住民のニーズに応えることが公共図書館の基本であることを述べています。
分析を考慮したアンケート
アンケートをとる際は、どういう分析を行うかを予め想定しておくことが必要です。それによってアンケートの質問も異なってきます。そういう点で、さまざまな分析手法を知っておくことが大事です。
よく見かけるアンケートに、すべて満足度を聞く質問で構成されているものがあります。
このような質問は、結果の評価が難しく、去年よりも良かった・悪かった、他の館との比較で良かった・悪かったという、数値の大小で考えるしかありません。
良かった理由・悪かった理由は、アンケートの外でしか探せません。可能な限りアンケートの中で分析ができる仕組みにしておくのが良いのです。
例えば、資料の満足度を聞いたら、今後力を入れて欲しい分野を聞く。接遇の満足度を聞いたら、今後力を入れて欲しいサービスを聞く、などの質問を組み合わせておくと分析が可能になってくるのです。
もっとも、すべて満足度を聞くアンケートであっても、「この地域に長く住みたいと思いますか」といった図書館が地域社会に与えるインパクトを評価する質問を入れておくと、ベイズ統計的な分析を行うことができます。
図書館が地域社会に与える影響を測るアンケートは今後増えてくるでしょう。いずれにしても、分析を考慮したアンケート設計が大事ということです。
複数選択
複数選択を可とするアンケートの場合は、基本的には例えば“3つまで選択”といった制限を設けないのが基本です。
制限を設ける意図は、「数」の多い順で優先度を決めようとするからだと考えられますが、多い項目だけに注目しているとニーズを見落としてしまいますので、要望は切り捨てないようにします。
ただし、全部の項目が選ばれそうな質問のときは、制限が必要でしょう。例えば、「お店を選ぶとき、何を重視しますか。」という質問で「1,立地、2.雰囲気、3.接客、4.味」だとすると、そのままではすべて重視しているという回答が多くなりそうです。
こういった質問では、これらの中で特に重視している点を聞きたい質問なので、1つだけを選ばせるということはあります。
対象とする図書館を特定する
アンケートでは、評価対象とする図書館を特定することも重要です。
地域内に複数の図書館が存在する場合、よく利用する図書館を選択させてから回答させるアンケートを見かけます。
この場合、他館の評価が混じっていたり、図書館全体の施策に対する評価がその館の評価であるかのようなケースも見受けられます。
アンケートの目的が図書館全体の平均を知りたいということでなければ、評価の対象とする図書館を明確に特定して回答させるべきでしょう。
図書館それぞれの特質に応じた課題に取り組むためには必要なことです。
分析結果を有効利用する
過去のこれまでの推測統計の説明でP値が重要であると述べてきました。しかし、有意にこだわりすぎて分析結果を有効に活用できていないとなれば、もったいないことになります。
図書館における分析で有意な結果が出るケースはそう多くはありません。こういう場合は、「傾向」を読み取ることが大事になってきます。
下記は、重回帰分析における各項目の係数のグラフとそれらの95%信頼区間を示したものです。
各項目の係数で有意な結果を示したのは、「語学」だけでした。
では、他の項目の情報は意味がないのかというと、そうではなく、プラスであれば満足度を上げる要因として評価できるし、マイナスであれば満足度を下げる要因として働いていると考えて良いでしょう。
ゼロ付近の項目は、満足度に影響がないということになりますが、力を入れている項目だとしたら、効果が上がっていないことが問題視されるでしょう。
95%信頼区間は、図書館の様々な事象においては必ずしも厳密に捉える必要はないことも多いと考えており、傾向を読み取る上での参考情報とみておいて良いのではないだろうか。
アンケートをとる機会
図書館はアンケートをとる機会に恵まれている機関です。これは有効に活用しなければなりません。
毎年、義務的に作業するということではなく、目的をもって実施すべきです。問題意識があり、分析の手法を知っていれば、アンケートの実施が待ち遠しくなるはずです。
図書館が地域社会に与えるインパクト(社会的波及効果)
図書館は、これまでの教育委員会ではなく、首長部局の管轄下へ直接置くことができるようになりました。また、賑わい創出を目的とした施設として活用することもできるようになりました。
社会の少子高齢化が進行する中、図書館が「図書の館(ずしょのやかた)」「文の庫(ふみのくら)」を超えて、地域活性化の切り札として捉えられるようになってきました。大和市の文化創造拠点シリウスはその典型的な例でしょう。
このような時代では、アンケートも図書館と地域社会をつなぐ質問が求められてきます。
これからの図書館のアンケートには、図書館が「地域の幸せ」「地域の永続性」に及ぼす効果を把握するための質問が登場してくることでしょう。