市民アンケートはどう活かされたか

クロス集計による分析方法と大阪府泉大津市の図書館づくり

 
 平成30年9月、大阪府泉大津市ではこれからの図書館のあり方を検討するにあたり、広く市民の意見を伺い、 図書館整備基本計画に反映していくことを目的に「図書館のあり方についてのアンケート調査」という市民アンケート調査を実施しています。

 集計結果はWebで公開されています。

 このアンケートの中に、「新しい図書館を検討するにあたり、どのような機能が充実されれば利用したいと思いますか?(○は3つまで)」という質問があります。
 
 結果は、図書館機能項目別の選択数を示す棒グラフおよび年代と各機能項目とのクロス集計表で示されています。
 

クロス集計による分析

 ここではクロス集計表から分かる、市民が求める新しい図書館の姿を見てみたいと思います。

 年代と各機能項目とのクロス集計は以下のとおりです。

 この表の値は、各項目の選択数を回答者数で除した%です。なお、回答数・年齢・各項目の略記(黄色の箇所)は筆者によるものです。
 

 
 この表を、年代別に折れ線グラフにして分析します。
 

図1

 
 折れ線グラフからは次のようなことが見て取れます。

 
【滞在】全体的に要望が強いが、特に10代、30~50代でゆっくりしたい要望が強い。

【電子書籍】20代の要望が目立つ。

【資料充実】全体的に要望が強い。特に、20~50代で顕著。

【静かな部屋】10代、40代、50代に勉強や調べものをする際の要望が強い。

【インターネット】60代、70代以外は要望が強い。

【ビジネス】全体的に要望は弱い。

【児童向け】20~30代からの要望が強い。

【イベント】全体的に要望は弱い。

【飲食】20代からの要望が突出している。

【行きやすい】年齢が高くなるほど要望が強くなっている。

【その他】特になし
 

折れ線グラフについて

 折れ線グラフは時系列的なデータを見るときに使うもので、独立変数に対して使うものではない、という指摘があります。

 このクロス集計表のデータであれば、棒グラフや帯グラフ・円グラフの構成比をみるグラフを用いるのが妥当ということになります。

 しかし、データの比較検討を行おうとすると、上図のように折れ線グラフを描いた方が圧倒的に視認しやすいのです。

 通説にとらわれずに、分かりやすい方法があればそちらを選択するという柔軟な発想も必要です。
 

対応分析(コレスポンデンス分析)

 クロス集計表であれば、対応分析(コレスポンデンス分析)が可能です(※)。

 この分析では、原点から離れているほど特徴が強く、原点に近いほど特徴が無いと言えます。

 あるいは原点に近いほど全体の共通の特徴を表しているとも言えます。

 方向が同じであれば同じような特徴を持つものと考えられます。

 表1のクロス集計をコレスポンデンス分析にかけると次のようになりました。
 

図2

 
 一見して目に付くのは、「資料充実」が原点付近に在ることです。これは、全世代共通の要望であることを表していると考えられます。

 20代では「電子書籍」などの電子情報に、40代50代ではゆっくり「滞在」したい要望が強く、60代70歳以上では気軽に「行きやすい」要望が強い様子が見て取れます。

 一見して分かりやすい項目もあるのですが、他の項目はどのように解釈したら良いのでしょうか。
 

関係性を距離で見る

 関係性は、それぞれが配置されている項目間の距離を見て判断すると良いでしょう。

 例えば、折れ線グラフでインターネットの項目を見ると、10代と20代で要望が強いようです。

 この場合、「インターネット」は10代20代のどちらにも寄せることができないため、下図のように両方からほぼ等距離に位置することになります。
 

図3

 
 同様に考えると全体では下図のようになり、60代70代を除く他の年代が半円を描くように位置していて「インターネット」の要望の強度分布が分かります。

 特に、10代20代は原点からそれぞれ最も遠く離れているため、より強い特徴(要望)があることが示されています。
 

図4

 
 自習や調べものをしたい時に「静かな部屋」が欲しいという要望は、10代40代50代に強くあるようです。

 図では以下のようになります。10代が最も原点から遠いので、「静かな部屋」の特徴(要望)が最も強いとみることができます。
 

図5

 
 「児童向け」機能の要望は、下図のようになります。要素項目からの距離が近い20代30代からの要望が強いことが分かります。

図6

 
 「児童向け」機能の要望は30代が最も強いのですが、他の要素項目との総合的な距離的関係でこの位置になるのでしょう。
 

図7


 
 「飲食」ができるくつろげる場所の要望は20代~50代にわたってありますが、特に原点から遠い20代で強い特徴(要望)があるようです。
 
 

図8

 
対応分析(コレスポンデンス分析)結果の概要

 原点に近い「資料充実」、ゆっくり「滞在」したい、「飲食」しながらくつろぎたい、気軽に「行きやすい」という要望は、全体的な共通の要望と言えそうです。

 一方、原点から遠い位置にある、自習や調べもので「静かな部屋」、「インターネット」ができて「電子書籍」などの電子情報にアクセスできる環境、「児童向け」の機能充実といった要望は、特定の年齢層からの強い要望として特徴的な項目となっています。

 また、「ビジネス」「イベント」は、要望があまり無かったことが特徴的な項目としてプロットされています。

 この質問では選択は3つまでとなっていますが、ニーズを把握する上では制限は本来不要であると考えられ、選択数に制限が無い場合は分析結果もまた変わってくるでしょう。
 

図9

 
泉大津市立図書館シープラ

 泉大津市立図書館は、令和3年9月1日に新しく愛称シープラとして駅前ビル内に移転開館しました。

 「シープラ」には、繊維産業のまちである泉大津を象徴する「羊(シープ)」と、「ぷらり」と気軽に立ち寄れる図書館になってほしいという想いが込められているそうです。
 

 この図書館の特徴的なサービスを見てみましょう。

 まず、「〇〇してはいけない」をできるだけ言わない図書館をモットーに、お互いに快適な空間作りを目指しています。

 児童書コーナーは、靴を脱いでくつろぎながら本を楽しめるエリアになっています。おはなし会もここで親子で楽しめます。プログラミング教室のコーナーや飲食可能なスペースもあり子ども連れで気軽に利用できるのがうれしいですね。

 蓋付き飲み物、食べ物の持ち込みがOKで、館内には飲食可能なスペースが2か所あります。食べ物持参でゆっくりと過ごすことができますので、子どもにも大人にもうれしいサービスです。

 ラーニングエリア、スタディルームがあり、中高生向けにコミュニケーションをとりながら活動できるエリアや静かに自習や調べものができる空間が用意されています。

 セミナーを開催できるエリアがあります。マイクを使っても、曲線的な動線と壁によって奥にある「静かなエリア」に影響が無い設計になっています。

 9種の商用データベースを導入しており、インターネットを使って、現在・過去のさまざまな電子情報にアクセスできます。

 ビジネス支援に力と入れており、資料やベータベースを提供するほか、セミナーも開催しています。

 普段図書館を利用してこなかった市民にも足を運んでもらうきっかけになるように、興味を引きつける仕掛け(企画)を多く実施していきます。
 
 

まちぐるみ図書館

 泉大津市は、まちぐるみ図書館を構想しており、分館を新たに建てることはせずに、学校や公民館など市の教育関連施設と連携することで、地域全体で身近で気軽に立ち寄れる図書館づくりを目指しています。

 すでに、図書館と学校とでは共通の図書館システムを使っており、全域の図書館・学校図書室の情報が一元管理できるようになっています。

 行きやすい場所にあり、気軽に立ち寄れる図書館構想は、それぞれが知の拠点となるだけでなく、高齢者や子どもたちの居場所としても重要な役割を担うことでしょう。
 

まとめ

 平成30年9月の図書館のあり方についてのアンケート調査から3年、市民とともに検討を重ね、多様な価値を持つ知の拠点として市民の暮らしに寄り添う図書館の誕生です。

 遡ってアンケートの質問内容からは、アンケート調査を実施する時点ですでに新しい図書館のコンセプトが決まっており、市が事前に多くの検討を重ねてきていることが分かります。

 ここでのアンケートは仮説の検証作業になっているといって良いでしょう。

 様々な案を挙げてどちらにしましょうかと聞く質問より、これで良いかと可否を明確にするためのアンケートの方が生産的なのです。

 長く滞在できて静かに自習ができる空間が欲しいという要望が、特に10代で強いことが分かると、新しい図書館では中高生向けのサービスを特に充実させていることが一例です。

 市民に意見を聞くのは市民アンケートだけでなく、他に駅前でのヒアリング、図書活動団体へのヒアリング、在住外国人へのヒアリング、小・中・高生へのアンケート、新図書館を考える市民ワークショップなど行っており、まさにまちぐるみの図書館づくりへの取り組みでした。

 シープラの館長さんは、過去に多くの新規図書館の立ち上げに携わってきた方で、それぞれの図書館では多くのイベントを実施してきています。

 また、前職の図書館ではビジネス支援に力を入れていました。

 市も市民の要望を確認するだけなく図書館の役割や活用をおろそかにはしていません。

 市と市民と設計者、そして館長と、それぞれの思いがひとつになって創られた図書館だと感じます。
 
 

補足1:クロス集計データの割合と実数の違い

 補足として、クロス集計のデータが、割合の場合と実数の場合との違いについて述べておきます。

 割合の場合は、必ず分母を回答者数にして計算しておきます。

 回答者数の多寡にかかわらずどの世代でも関心の強弱が割合で扱われるため、全世代にわたって偏りのない分析ができます。

 一方、実数の場合は、値が大きいほど重みが増すため、分析結果は回答者数の多い世代に偏る傾向が出てきます。

 実数を使っての分析は、ボリュームゾーンを優先的に考慮すべきという場合に利用できます。

 表1のクロス集計表から筆者が%から実数への変換を行って下記の表2を作成し、対応分析を行った結果を下図に示しておきます。
 
 

 
 

図10

 
補足2:分母が回答者数の場合、選択数合計の場合

 割合を求めるとき、分母が回答者数の場合と選択数合計の場合について考えてみます。

 今、項目A~Cについて複数選択可で選ぶ場合を考えます。

 回答者10人に選んでもらったところ、以下の表のようになった時、それぞれの場合を考えてみます。
 

 
 計算結果は、それぞれ下記のとおりになります。
 

 

 
 両方を見比べると、どちらも選択数が多い項目はAであることが分かります。

 従って、どちらでも良いように思えます。

 むしろ合計が100%になる表5の方が正しいようにも見えます。

 しかし、この両者には決定的な違いがあります。

 それは表4では、全員がAを選択しているということが分かるという点です。

 回答者数で割ると回答者の何割が選択しているかが即座に分かり、得られる情報が表5よりも多いのです。

 表5からはそれが分からず、回答者の6割程度がAを選択しているという誤った判断をされてしまう危険すらあることを認識しておく必要があります。

 
 
 
(※)クロス集計の対応分析(数量化分析・コレスポンデンス分析)では、次のツールを使用しています。
   HAD:フリーの統計プログラム | Sunny side up! (norimune.net)
   作成者 清水裕士氏 関西学院大学 社会学部 教授

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