地域のニーズを把握する方法の一つに、図書館が実施する利用者アンケートがあります。公の施設においては、図書館は地域住民に対して定期的に調査を実施している唯一の行政部門ではないかと思われます。
特に近年の指定管理者による図書館では、その運営評価として利用者アンケートの実施が求められているという事情もあります。
利用者アンケートの実施は、評価目的に留まらず本来「地域住民のニーズを的確に把握し、適切に図書館サービスを提供する」ための情報収集が目的となっているはずのものです。
アンケートでは、利用者の満足度に影響を与える要因の分析を行い、影響度の大きさで対策の優先度を判断することで、効果的に図書館サービスの向上を図っていきます。
分析計画・質問設計
アンケートは「調査をすれば何かわかるだろう」と漫然と行うのではなく、アンケートの目的を明確にしてどういう結果を得たいかを考え、何を質問すれば分かるか仮説を立て、分析手法も予め想定しておく必要があります。
即ちアンケートの実施には、分析計画・質問設計が必要だということです。分析手法については、Excelで利用可能なデータ分析を中心に今後少しずつ説明をしていきたいと思います。
利用者アンケートの基本的な構成要素としては以下のようなものがあります。
回答者属性 (年齢、性別、住まい、職業)
利用形態 (来館手段、来館曜日・時間、来館頻度、滞在時間、来館目的)
評価に関する質問 (満足度、重要度)
認知に関する質問 (知っているか、使ったことがあるか)
要望に関する質問 (充実してほしい事柄)
自由回答
ニーズを探る
要望に関する質問は、地域住民のニーズを探る上で非常に重要なのですが、図書館の利用者アンケートではこの種の質問がない場合が多いのです。
例えば、「今後充実してほしい本の分野はどれですか」といった質問がないのです。
理由は、「要望を聞いても小説が圧倒的に多いのはわかっているから聞いてもしようがない」「図書館システムの利用統計で分野別の貸出冊数を見ればニーズはわかる」「要望はリクエストを見ればわかる」といったものです。
また、「選書は要望を聞いて行うものではない」という意見もありました。
しかし、「要望」がサービス向上を図るうえで無視できない要素であることは間違いありません。
しかも小説の要望が多くて人気がある分野だとしても、所蔵している資料に満足しているかどうかはこれは聞いてみないと本当のところはわかりません。
資料に関する満足度評価と照らし合わせてみる必要があるのです。
一方の要望が少ない分野は満足度評価に影響がないと考えているかもしれませんが、これも実際に評価と照らし合わせて分析する必要があります。
要望は少なくても、満足度評価に大きく影響しているケースはよくあります。
要望と満足度評価との関連を分析して、影響が大きい要因を優先的に対策することが的確なサービス向上につながるのです。
利用統計の見方
「図書館システムから得られる貸出数やリクエストなどの利用統計をみれば、どういう本がよく読まれているかがわかるのでニーズがわかる」という考えは、読まれている本はわかるもののそれがニーズなのかとなると疑問であり、正しくありません。
利用統計は今ある所蔵資料に対する情報なので、読みたいけれども所蔵がないので諦めた数(これこそがニーズ)の把握はできません。
また、リクエストはすべての利用者が行うわけではありませんので、ある一定の利用者の情報に偏ってしまう危険性もあります。
利用統計は、PDCAでいえば計画した選書に沿った、計画通りの貸出になっているかどうかをチェックする「C」に該当するものであって、利用統計からニーズを探るのは正しいアプローチとは言えないのです。
貸出数が少ないのは、所蔵が少ないからか、品ぞろえに問題があるのか、そもそも需要がないためなのか、これらの検証がないままに「貸出が少ないからこの分野の選書を控える」という判断は、本来のニーズを汲み取ることができずサービスの向上を阻害してしまうのです。アンケートで「要望」を聞く理由がここにあります。
性別について
性別の記載について、図書館は誰でも利用できますので利用登録に性別の記載は不要です。性別によって本を貸す貸さないという話はなく、これは権利に関わる話です。
一方、図書館は地域住民に対して図書館サービスの提供を行っています。地域住民のニーズを的確に把握し、適切なサービスを提供することを目的としていますので、サービスにおいては性別によるニーズの把握は必須になります。
性別を聞いていない図書館アンケートの例では、30代と児童書との間で相関が強いことがわかっても、それが恐らく子育て中の女性の行動と関係があると想像ができても、では30代の男性はどうなのかを考えるとまったく手がかりがないのです。
これでは地域のニーズを把握することができず、アンケートを取る意義を失っています。
かつて北欧の図書館員の講演を聞いたことがありますが、説明の中で出てきたアンケート結果はしっかりと男女別のグラフになっていました。
なぜ男女別に分けるかというと、それは分けないと実態が解らないからなのです。権利とサービスについては、明確に区別することが肝要です。
対象館を特定する
図書館アンケートでは、特に自治体内に複数の図書館が存在する場合は、評価対象とする図書館を最初に宣言させ特定して行う配慮が必要です。
列記した複数館から主に利用している図書館を選択させて評価を始めるアンケートでは、その図書館の絶対評価ではなく他館と比較する相対評価や自治体の全般的な図書館行政評価になるなど、評価の視点が分散しがちになります。
また主に利用している図書館ではない他の図書館の評価が自由意見に書かれたりするなど混入もしやすくなり、主に利用している図書館の実態を正確に把握することは期待できません。
評価が混在してしまうことで課題のある図書館と無い図書館とで相殺してしまい、「全体的には特に問題はない」といった結果になってしまうこともあります。
図書館がビジネス街にあるか郊外にあるかによっても地域からの要望は異なってきますので、アンケートを実施する目的が、個々の図書館の課題を把握してサービスの向上を図るということであれば、対象の図書館を明確にして正確な評価を得ることに努めることが大事です。
アンケートの実施時期
自治体の年度業務サイクルを考えると、秋に実施するのが良いと考えられます。結果分析を踏まえて年度後半に向けての取組みの再確認・修正ができるとともに、来年度計画への反映が可能になります。
分析について
Excelで利用可能な相関分析、重回帰分析などでデータ分析を行っていきます。分析方法は別途説明をしていきたいと思います。
分析結果をみて、特徴的な点を列挙しておきます。考察では、結果データだけではなく、裏付け情報として貸出数・貸出者数・貸出分野などの貸出情報、リクエスト情報、カウンターでの相談内容やご意見、地域の人口動態、社会動向なども必要に応じて照らし合わせて考察を深めます。
兼ね備えたアンケート
アンケートの質問は、公開用にも内部分析用にも使える両方を兼ね備えた設計になっていることが理想です。
公開用には、グラフを使って量の多寡や値の大小、経年変化などが明瞭に表現できて、かつ内部的には分析手法を使って原因を探ることができるアンケートが理想といえます。
例えば、「所蔵資料の満足度評価(5段階評価など)」を行う質問がある場合、「今後充実して欲しい本の分野はどれですか」という複数選択可の質問を設けておくと、資料の満足度や要望分野の様子をグラフで表示できるだけでなく、両者を分析することで満足度を上げている分野または下げている分野を探ることもできます。
「今後充実して欲しい図書館サービスはどれですか」という複数選択可の質問を設けると、サービスに必要な資料の過不足も分析可能になります。
また、「図書館員の接遇の満足度評価」を行う質問があれば、各サービスの要望との間で分析が可能になってきます。
以上のようにアンケートから何を得たいかの分析計画を明確にして、公開・内部両面兼ね備えた質問設計を行っていきます。加えるならば、持続可能な地域社会を目指して「図書館の地域社会への役立ち度」を聞く質問も今後は必要になってくるでしょう。